暑さもようやく落ち着き、秋の風を感じるお彼岸。
毎年、彼岸の入りにお墓参りへ行くのが、私にとっての大切な恒例行事になっています。
晴天に恵まれたシルバーウィーク。お寺へ向かう道すがら考えるのは、これからの「お墓の承継」のこと。
かつては当たり前だった習慣が、後継者の不足や高齢化によって、今や真剣に向き合わなければならない課題へと変わりつつあります。
父が教えてくれた「供養」の重み

お墓参りに行くと、足元がおぼつかないご高齢の方が、付き添われながら懸命に手を合わせる姿をよく目にします。その姿を見るたびに、思い出す光景があります。
私の父は、難病で歩くこともままならない状態でした。それでも、亡くなる年のお彼岸には「這ってでも行く!」と言い、酸素ボンベを引きながらお墓参りに同行したのです。
父にとって、先祖を供養することは単なる習慣ではなく、人生の最期まで手放したくない精神的な拠りどころだったのだと思います。あの時の父の背中は、今も私の心に深く刻まれています。
お墓の「承継」という現実に向き合う

しかし、現代は核家族化が進み、仏壇のない暮らしも増えました。 お墓の名義を引き継ぐ「祭祀承継(さいししょうけい)」の問題は、想像以上に複雑です。お寺との付き合いや管理の負担を考えると、若い世代が戸惑うのも無理はありません。
父が大切にしていた想いを受け継ぎたい一方で、現実として直面するのが「お墓をどう引き継ぐか」という問題です。
そもそもお墓の承継とは、名義人が亡くなった際に、そのお墓を「祭祀財産(さいしざいさん)」として引き継ぐ「祭祀承継者」を決めることを指します。家系図や仏壇、墓地などは通常の遺産とは異なり、分割できないため、一人が代表して引き継ぐのが原則です。

お墓に対する若い世代の意識調査によると、意外にも60%以上の人が「お墓は必要」だと考えているそうです。理由は「家族の繋がりを感じられるから」というもの。 一方で、不要とする人の理由は「管理の手間」が中心です。「お墓は必要」と考える場合でも、管理に加え、お寺へのお布施や改修工事の寄付など、費用面での現実的な負担も意識しておく必要があります。
先祖を想えばこそ、中途半端にせず「スッキリと整える」という決断も、これからの時代には必要なのかもしれません。
もし、引き継いだとしても管理が難しい場合は、そのまま放置するのではなく、適切に処分することが望ましいとされています。
その選択肢の一つが「墓じまい」です。遺骨を取り出し、墓石を撤去して更地に戻し、使用権を返還する。先祖を想えばこそ、中途半端にせず「スッキリと整える」という決断も、これからの時代には必要なのかもしれません。
お参り後の小さなお楽しみ

お墓参りの後は、少しだけ足を伸ばして散歩をするのが私の楽しみです。 今回は、家族が大好きな上野「うさぎや」さんのどら焼きを買いに向かいました。
お店の前には、驚くほどの長い行列。 ソーシャルディスタンスを保ちながら並んでいると、屋根の上に飾られた白いうさぎを発見し、なんだか得をしたような温かい気持ちになりました。

手に入れたどら焼きは、ふわふわもちもちの生地に、絶妙な甘さのあんこ。この変わらない美味しさに、心が解きほぐされていきます。
http://www.ueno-usagiya.jp/
〒110-0005 東京都台東区上野1丁目10番10号
TEL: 03-3831-6195
定休日:水曜日
営業時間:午前9時~午後6時
おわりに:お月見の灯りに癒されて

お彼岸の時期は、ちょうど中秋の名月とも重なります。
部屋にすすきを飾り、窓から差し込む月の光を眺めていると、ざわざわしていた心が静かに整っていくのを感じます。
形あるものをどう整理し、どうつないでいくか。 正解のない問いではありますが、父が大切にした「想い」は受け継ぎながら、形については「今の自分」にとって心地よいあり方を選んでいきたいと思っています。









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